【投稿日】2025年7月24日(木)
神戸在住の在日コリアン3世の女性が、宿泊を不当に拒否されたとして、5月22日に東京都新宿区のホテル運営会社にたいして、220万円の損害賠償を求める訴えを神戸地裁に起こした。報道によると女性は、チェックインの際、ホテル従業員から「旅券」または「在留カード」の提示そして日本名(通名)の記載を求められ、いずれも断ると宿泊を拒否されたという。女性は「外国籍を理由にした人種差別」であり、通名記載を求めたことは人格権の侵害にあたるとしている。
女性は日本生まれで特別永住者であることから、「旅券」や「特別永住者証明書」の常時携帯義務はない。ましてや「在留カード」を保持しない。そのことを従業員に伝え、保険証や勤務先の名刺を示して日本に住所があることを伝えた。しかし従業員はその後も「旅券」などの提示を求める一方、「日本名を書くなら泊まることができる」と提案したという。本名で暮らす女性は尊厳を傷つける行為だとして断ると、宿泊を拒まれたという。
さて、同じような経験をした在日コリアンは多いのではないかと思う。私も東京の某ホテルでチェックインの際「旅券」もしくは「在留カード」の提示を求められ、今回の女性と同じように対応したところ、それ以上は求められずチェックインできた経験がある。それでも不快な思いをした。私のようなケースはまれで、多くの在日コリアンは、「特別永住者証明書」を提示したり、言われるがままに通名を記載しているのではないだろうか。不快な思いをしながら・・・。
女性は「私と同じ嫌な思いを他の人にさせたくないため訴訟で問うことにした」と訴えている。彼女の英断に敬意を表したい。裁判闘争を続けていれば、時間も労力もかかる上に、各方面からいわれのないヘイトスピーチが投げかけられるだろう。裁判に対する支援体制が重要だ。
さて、本件の問題点を整理しておきたい。
まずは、日本に居住する在日外国人の多くが「旅券」をもって国内を移動することはないこと。日本生まれであるならば、日本国外にいくことがなければ「旅券」をつくらない方も多いだろう。つまり外国人だからといってすべての人が「旅券」を保持しているとは限らないということである。
次に、特別永住者は「在留カード」ではないこと。そしてそれに代わる「特別永住者証明書」には常時携帯義務はないので、携帯していない人も多い。さらに付け加えれば、「特別永住者証明書」の提示を強要することは在日コリアンの歴史性から人権問題になる。
そして、在日コリアンにとっての名前の重要さである。在日コリアンの多くは、まだまだ本名を名乗りにくい社会の中で、さまざまな葛藤を抱えている。そしてそれを乗り越え、本名を名乗っていくのである。このような状況をつくっている日本社会から「通名を名乗れば」と言われることは、自身のアイデンティティについて葛藤してきた過去とそれを乗り越え本名を名乗り、誇りを持って日本社会と向き合おうとしている在日コリアンを根底から否定する行為になる。
以上から、この従業員ひいてはホテルは在日コリアンの歴史性や実態をまったく理解していないことがわかる。
旅館業法施行規則では、日本国内に住所を持たない外国人が宿泊する場合、ホテル側が氏名や国籍、旅券番号を確認することを規定している。一方、日本に住所のある外国人は確認の対象とはしていない。女性は事前にホテルのウェブサイトで本名と居住地住所を記載して予約をしていたので、ホテル側はあえて住所確認する必要などなかった。あえて住所確認する必要があったならば、彼女が示した保険証でも十分だったはずである。運営会社は「宿泊客の住所が国内にあるかどうかを確認するために旅券などの提示を求めただけだ。差別にはあたらない」と言ってるようだが、それならなおさら保険証でも十分だったはずである。ちなみに「旅券」では住所は確認できない。つまりホテル側は単に彼女が本名であったので、過度な本人確認を強要したのである。その背景には、外国人は信用できない、という偏見・差別意識があるのは明らかだ。
ここで一つ、注目しておきたい判例を紹介する。KMJでも支援したミュージシャンの趙博さんが、東京神田のホテルで「在留カード」の提示を強要され、それを断ったところ、宿泊を拒否された裁判である。2019年9月25日、東京地裁で和解が成立。その内容は①被告は、原告に対し、ホテル職員の対応により原告が不快の念を持ったことに対し、謝罪の意を表明する。②被告は原告に対し、ホテルの運用を次の通り約した。(1)法令又は通達によらずに宿泊客に身分証の呈示を求める場合について、それが任意である旨明示する。(2)宿泊客が呈示を拒んだとしても、それを理由に宿泊を拒絶しない。(3)法令又は通達による場合を除き、呈示を求めた身分証の写しはとらない。全容が明らかにならず趙さんも「ほろ苦い勝利・・・」とされていたが、今回の裁判の大きな力になるだろう。
何度もくり返すが、在日コリアンにたいする本人確認は、その歴史性や実情から特に配慮すべきである。「特別永住者証明書」や「在留カード」ましてや「旅券」を本人確認書類として強要することは差別である。そして通称名を強要することも同様である。
本裁判を通じて、ホテル側がそのことに気づき、大いに反省されることを期待する。そして、これも何度もくり返すが、当事者が全面にでて、裁判闘争などをしなければならない社会状況を一刻も早く解消しなければならない。
最後に、趙博さんの陳述書の一部を紹介しておきたい。「私の場合も含めて、在日韓国・朝鮮人が本名を名乗って生きていくのには、個々人それぞれ、それ相当の葛藤と苦悩と、そして当然の結果として、自負と誇りが伴います。私は、堂々と自分の民族名を取り戻し、朝鮮人として人間的誇りをもってこの国で生きているつもりです。その、己の誇るべき名前が、どうして管理の対象とされるのですか?宿泊カードに日本人風の名前を書いたら、それでいいのですか?私がこの裁判を起こした理由は、この一点に尽きます。民族名、つまり本名が監視と管理の対象とされるなら、それは『本名を名乗るな』という同調圧力以外何ものでもありません。本来、客をもて成し、人がゆっくり疲れを癒やす場であるべきホテルや旅館が、なぜそういう差別を行う必要があるのですか?即刻、改めていただきたいのです」(高敬一)