「イスラエル国民にされたアラブ人」を知っていますか - 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

記事詳細

「イスラエル国民にされたアラブ人」を知っていますか

【投稿日】2023年11月17日(金)

<イスラエル国民の2割を占めるイスラム教徒>

 イスラエルの人口の24%が、イスラエル建国の当時に国土に留まったパレスチナ人またはその子孫などの非ユダヤ人で、彼(女)らは、イスラエル国民として、国会の選挙権を行使し、被選挙権も保障されていることをご存じだろうか。その多くは、イスラム教徒である。アラブ系政党は、全国をひとつの選挙区とする比例代表制をとるイスラエル国会で、120議席中、10議席から15議席を確保している。

<民主国家としてのイスラエル>

 イスラエルが、挙国一致内閣を成立させ、国を挙げてパレスチナ人を圧迫している今日この頃、このような「民主国家・イスラエル」の側面を初めて知って、驚かれる方もいるだろう。もちろん、極右のネタニヤフ首相を支持する国民が相対的に多数であるこの国で、多数派と「イスラム教徒のアラブ人」との摩擦が、ないはずがない。
 2009年には、各政党の代表で構成される中央選挙管理委員会が、アラブ系政党の出馬を認めないという決定を行った。これは、1985年に基本法に追加された、「イスラエル国に敵対する国もしくはテロリスト集団による武装闘争を支持するもの」の出馬を禁止する条項による。もっとも、この決定は、直ちに最高裁判所によって覆された。このように、イスラエルでは、司法機関による少数者保護も、きっちりと生きている。
 もっとも、2018年には、ユダヤ人国家法が成立した。この法律により、ユダヤ人にのみ民族自決権を認められ、イスラエルはユダヤ人の歴史的な国土であることを宣言され、アラビア語は、公用語から「特別な地位」に格下げされた。
 他方で、2021年には、アラブ政党が、連立与党に参画し、政権入りした。このアラブ政党の党首は、極右政党との連立に合意した後の日本の新聞社とのインタビューで、「アラブ系議員が国会で反対しているだけでは、アラブ社会のために何も得られない」と語った。そして、政権内で極右政党を説得して、パレスチナ独立を実現するためにあらゆる努力をするとまで語っていたのである。
 このように、イスラエル国民であるパレスチナ人は、場合によっては司法機関による救助を受けつつ、在日コリアンを上回る政治参加を実践していると言うことができるだろう。

<極右化する「パレスチナ人」と偽装するパレスチナ人>

 実は、イスラエルの建国の前には、この地には、イスラム教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒がともに住んでいた。彼(女)らは、同じ「パレスチナ人」であり、自ら何らかの宗教的なアピールをしない限り、見分けがつかなかった。
 ところが、ナチスのホロコーストによって加速したシオニズムによって、見かけが異なる「ヨーロッパ系ユダヤ人」が大量にこの地に流入してきた。そして、「ユダヤ人」と「アラブ人」は、明確に分離された別の民族として認識されるようになったのだ。イスラエルの建国に伴う大量の移民は、「ヨーロッパ系ユダヤ人」が「正統」とされる雰囲気を生んだ。その結果、もともとこの地にいた「中東系ユダヤ人」(「パレスチナ人」の一部)は、見かけでは区別できない「イスラム教徒のアラブ人」(「パレスチナ人」の大部分)と混同されるのを恐れた。そして、自らのアラブ性を否定すべく、極右や右派の政党を支持する者が多くなったという。
 他方、イスラエル国民とされた「イスラム教徒のアラブ人」は、主に労働者階級と中級階級で構成されている。アラビア語を話し、独自の学校制度を持っている。独自の政党を持ち、国会に議員を送っているものの、徴兵義務は免除されている。ただ、少数ながら、任意にイスラエル軍に従軍している者もいるという。
 興味深いのは、「イスラム教徒のアラブ人」が、自分たちのコミュニティーの外の社会と接触の機会を持つとき、たとえば、タクシーの運転手として、乗客を運送するときに、自らのアラブ性を見せないようにし、流暢なヘブライ語を操り、車内からはイスラム文化を窺わせる装飾などを一切排除して、自分が「中東系ユダヤ人」であると偽装していることだ。ある旅行者は、運転手がユダヤ人かイスラム教徒か区別できない状況で、思わず、「運転手がユダヤ教徒である可能性」を看過してアラビア語を話してしまったところ、「お前はアラビア語がわかるのか」と運転手がニヤリと笑ってきて、自らが「アラブ人」であることを明かし、運賃の割引交渉が成立したという。
 このように、外観上は見分けがつかない「中東系ユダヤ人」と「イスラム教徒のアラブ人」が共存しているのが、民主国家・イスラエルの今日の姿である。

<極右化する日本人と偽装した「日本人」がいるこの国で>

 さて、読者の中には、「似ている」と思った方も、多いのではないだろうか。
 そう、私たちが住んでいる国には、自らの文化に大陸から伝来したものがある事実を一切否定し、極端な民族神話に傾倒していく、極右化する日本人がいる。他方、自らの直近の祖先が大陸から来た事実の一切をなかったかのように偽装し、日本の名前を名乗り、完璧なる「日本人」として生きている、大多数の在日コリアンがいる。そして、両者は、民主国家・日本で、共存しているのだ。
 読者の世代によっては、域外のパレスチナ人がとんでもない災厄を被ろうとしていること、他方で、域内のパレスチナ人が安全を保障されていることが、1950年から始まったあの戦争と、その「特需」に沸いた日本に、少し重なり合って見える方もいるだろう。
 極右化する日本人がいること、偽装した「日本人」がいること。このことは、イスラエルの「中東系ユダヤ人」と「イスラム教徒のアラブ人」の場合と同じく、「見かけでは区別できないこと」、「権威化された民族の物語」によって、もたらされている。
 破滅の危機に瀕しているガザ地区のパレスチナ人は、安全が保障されている「イスラエル国民であるパレスチナ人」のことを、どう思っているのだろう。「裏切者」なのか、「同胞」なのか。
 そんなこんな想像しつつ、パレスチナのニュースを見ながら、かつての祖国での大戦争という事態に、日本での生活にただただ集中し、何を言われようとも逞しく生き抜いてきた、一世、二世の方々を思う。

 民主国家・日本で、日本人や在日コリアンの会員の皆様とともに、人権擁護の一里塚を打ち立てていこうと強く決意する、今日この頃である。(崔宏基・常務理事)