入管法改悪問題と外国人の生活保護 在日コリアン高齢者問題を原点に改めて考える - 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

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入管法改悪問題と外国人の生活保護 在日コリアン高齢者問題を原点に改めて考える

【投稿日】2024年6月1日(土)

 入管法改定(悪)について、「永住資格」剥奪の背景には、外国人の生活保護受給問題があるように思います。むしろこの問題が一番大きいのかも知れません。法的には「日本国籍者」に限定されている生活保護受給資格は、1954年、「困窮する外国人には国民に対する生活保護に準じ保護を行うこと」と当時の厚生省が各都道府県に通知。人道的な観点から外国人への受給を自治体の裁量で行うようになりました。それ以降、在留資格の有無や区分にかかわらず広く認められてきましたが、1990年の入管難民法改正を機に旧厚生省係長による「永住・定住などの資格を持つ外国人に限る」との口頭通知が出され、現在はそれが基準とされてしまっています。ガーナ人男性の生活保護裁判はこの問題を争っています。日本が批准する国際人権法や難民条約の考え方から逸脱する状況となっていると言わざるをえません。

在日高齢者の制度的無年金問題と生活保護

 外国人の生活保護受給問題の原点は、在日コリアン高齢者の無年金問題です。戦後一方的に日本国籍を剥奪され、あらゆる社会保障制度から「国籍」によって排除されてきた在日コリアン。その後、社会保障制度の国籍条項が撤廃されていきますが、無年金問題は未だに完全な解決はされず、結果的に生活保護受給者を生み出しました。
 1959年にスタートした国民年金制度は、1982年の難民条約批准に伴う法改正まで「国籍条項」によって外国籍者は排除されていました。さらに、国籍条項が撤廃されても、同年1月1日時に35歳以上の在日外国人は支給要件である拠出期間25年以上が満たされないため年金受給の対象外となりました。このように在日コリアン高齢者は何ら救済措置もなく制度的に無年金者にさせられました(制度的無年金者とよぶ)。また在日外国人障害者も当時20歳以上の者は障害年金が受け取れないでいます。
 制度的無年金問題が在日コリアン高齢者にどのような弊害を生み出しているかは、KMJが支援している「NPO法人在日コリアン高齢者支援センターサンボラム」の運営の中で多くの事例が明らかになっています。
 2000年の介護保険制度導入以降、40歳以上の者はすべて介護保険料を支払わなければなりません。そこには「国籍条項」はありません。高齢者の介護保険料は年金による所得保障が前提に成り立っているので、無年金者はそれを支払うことが厳しくなります。また、介護サービスも原則一割自己負担であることから、それにも同様の問題が発生します。日常生活においてどうしても介護支援が必要となっても、経済的問題から介護サービスの利用を控えざるをえなくなったり、介護保険料を支払っていないため、介護サービス利用料が高額になり、利用を控える、もしくは利用できないといったケースがあります。また、高齢者を支える世代にも経済的負担がのしかかります。自営業者の多いこの世代は、長きにわたる不況のあおりをうけ経済的に厳しい世帯も多いです。日本人であったなら、自分の親を年金と一緒に引き受けることができますが、在日の場合はそうはいきません。結果的に自分の親を独居させ、生活保護を受けてもらう。在日コリアン高齢者の生活保護受給率が高い要因がここにあります。

「排除」と「救済」の論理

 在日コリアン高齢者や障害者の無年金状況を是正
しようと、過去さまざまな訴訟が行われましたが、それらすべて敗訴(請求棄却)しています。裁判所の判決に共通しているのは、「国籍条項」が憲法14条1項の平等条項および13条の基本的人権の尊重には違反していないということです。在日コリアンは「国民」ではないので、これらの条項にはあてはまらないということです。では「国民」とは誰のことを指すのでしょう。「日本国籍保持者」が憲法に規定されるところの「国民」なのでしょうか?裁判所は「年金の財源が全額国庫負担であることと、国民の福祉を図ることはその国の責務である」ことを国籍による「排除」の理由としてあげています。しかしその国庫負担の原資である税は「国民の義務」として外国人にも課せられています。納税の視点から見たとき、「国民」とは誰のことを指すのでしょう。
 一方、元「日本国民」である無年金者には、沖縄返還時、小笠原諸島返還時に、年金保険料の納付機関の短縮や遡及的加入を、また、中国帰国者や拉致被害者には、未加入期間の国庫負担分加入扱いといった救済措置をとりました。20歳を超えた日本人学生たちの無年金問題について司法は違憲判決を下しています。このように「排除」と「救済」の論理を分けるものは、単に「国籍」の問題だけにあるとは到底思えません。

在日コリアン高齢者介護の問題と今後

 在日コリアン高齢者のかかえる問題は無年金による経済的問題ばかりではありません。既存の介護サービスが在日コリアン高齢者のニーズ(文化・風習・言語など)に十分対応できず、サービスの利用を断念する、もしくは我慢する、といったケースが多く見られます。特に在日コリアン1世は、朝鮮半島で生まれ育ち、朝鮮の文化的背景をもって、さまざまな事情で渡日しています。現在以上に、露骨な偏見や差別を受けて生きてきた世代です。ゆえに日本人が運営するデイサービスでは、食事が口に合わなかったり、コミュニケーションができなかったり、周りの日本人高齢者から差別的な扱いを受けたりすることも多々あります。ですから、サンボラムが実践しているように、在日コリアンの民族的特性や社会的立場に配慮した介護サービスの提供が、在日コリアン高齢者にとって不可欠であり、サンボラムが25年経った今でも求められている所以なのです。
 この状況は、いずれ在日コリアン以外の外国人に拡がっていくことは明らかであり、避けて通ることのできない問題となるでしょう。少子高齢化に歯止めがきかず、外国人労働者に頼らなければ社会が成り立たなくなっています。その人たちも時が経てば年を取り、高齢者になっていくわけです。介護が必要になる人もいるでしょう。その時はその人の民族的特性に合わせた介護サービスが必要となるでしょう。しかし、今の国の福祉施策にはまったくそんな発想はありません。想定もしていないのではないでしょうか。なぜなら、基本的に外国人が定住し、一生を日本で暮らすことを前提とした制度設計をしていないからです。つくりあげてきたのは、外国人を奴隷のように扱い、切り捨てることができる制度です。なので、内外から多くの批判を浴びてきたわけです。

生活保護を受給する永住者を排除

 今回の入管法改定は、相変わらず「排除」の論理をもって、さらに「選別」という発想が加味されました。「自助」ができなくなった「永住者」、極端に言えば生活保護を受給せざるをえなくなった永住外国人には、日本で安定的に暮らす(永住資格をもっても安定的に暮らせるとは限らないが・・・)資格無しとして切り捨てることができるようになるわけです。国会で外国人の生活保護受給を問題視する議員も少なくありません。永住資格剥奪の問題の背景には外国人の生活保護受給問題が重なり合っているのです。

日本社会が持続可能な社会になるためには

 安倍元首相がかつて所信表明演説で「新しい国創りに共にチャレンジしたいと願う、すべての国民の皆様に参加していただきたいと思います。年齢、性別、障害の有無にかかわらず、誰もが参加できるような環境をつくることこそ政治の責任であります」と述べましたが、この中には「国籍」や「民族」はありませんでした。この思想は戦後、吉田茂から脈々と続く在日コリアン棄民政策を変わりなく踏襲しているのであり、今や在日外国人棄民政策へと継承されています。外国人を都合よく活用するが、公的負担となるものは永住者であっても切り捨てる、戦前・戦後から在日コリアンに行ってきたことを、今回の改定でもっと露骨に行おうとしています。これが日本がこれから目指すべき社会なのでしょうか。その反動は必ず日本国民自身に向けられます。現に、マイナンバーのシステムモデルは外国人登録法であり、日本社会が放置してきたことが、日本人自身に向けられてしまったと考えています。日本が持続可能な社会になるためには、「健康で文化的な最低限の生活」を外国人に保障していくことです。そうしなければ次は日本人にその刃が向けられることになるでしょう。(高敬一)