安倍談話の意味するもの-侵略と植民地支配の忘却- - 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

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安倍談話の意味するもの-侵略と植民地支配の忘却-

【投稿日】2015年10月13日(火)

 8月14日の「終戦」記念談話を読んで、深く失望し、あらたに怒りがこみあげてきた。その理由はいろいろあるが、主語不明なままに、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という文言がある。そのことは今、さておくとして、もう一つは過去の東アジアにかかわって「侵略」「植民地支配」という用語が用いられても、その主体には触れていない。それは「村山談話」の否定である。

 最近、あるテレビ番組をみていて、キャスターの女性が9月3日の中国の「抗日戦争勝利記念日」の北京での軍事パレードをみての感想として、中国の一般民衆は日本人を敵視していないのに、なぜ「抗日」という用語がつかわれるのか、意識的に「反日」を共産党政権があおるために記念日を設け軍事パレードを実施したのではないか、中国政府や共産党は日本を敵視する政策をとろうとしているのではないか、などと言うことをのべていた。その発言をみて私は暗澹たる気持ちになった。そして話し相手の男性キャスターもその発言を否定しなかった。そのような雰囲気がいま、日本全土に溢れているのではないか、という恐れが私の暗澹たる気持ちの原因である。また、日本に対して戦ったのは共産党軍ではなく、国民党軍だった、とも言っていた。その両方とも事実誤認である。そもそも「抗日」という言葉は1930年代の日本が中国東北部(旧満州)でおこなった侵略戦争、そして1937年以降、中国大陸全土に拡大した侵略戦争に対して中国の政府・軍・民衆が抵抗して日本の侵略を阻止しようとした用語であった。テレビ番組の出演者はそのことを完全に忘却している。そして1945年以前は国民党軍と共産党軍(八路軍)が国共合作をしてともに抗日戦争を遂行したことも知らない。そして1945年以降は共産党軍が国民党軍を駆逐して、1949年の中華人民共和国の樹立に至ったことも無視されている。

 考えてみれば彼・彼女たちはそのような歴史の事実を高校や大学で教わることもなく、大人になってしまったのであろう。私は今後もこのような報道が繰り返されることに危惧する。

 同じことは朝鮮半島に対する「植民地支配」についてもいえる。1965年に締結された「日韓基本条約」の交渉過程で日本側代表はしつこく「日本は朝鮮でもよいこともした」「謝れ、というが謝る理由はない」などという発言を繰り返し、とどのつまり条約本文では謝罪の文言は取り入れられなかった。そのことの犯罪性はそれから50周年の一連の行事にも、それに係わる発言・論調を耳目にすることはないことにも現れている。安倍が主導する現在の日本政府や自公政権をになっている政治家たち、マスコミなどはおしなべて「侵略」「植民地支配」を蒙も認めないどころか、歴史の屑籠に放り込んでしまいたいのであろう。そして子孫に「謝罪」などさせない、という意図を露骨に示しているのが安倍談話なのだ。これはもはや「歴史修正主義」ではなく「歴史の捏造」である。おそらく今、朝鮮半島の人々や在日の人々はそのことを本能的に感じとっているに違いない。だが日本人の大多数はそのことに気づいていない。その認識の格差をどう埋めていくのか。日本人ひとりひとりの歴史的課題である。

                                                                理事長  仲尾 宏