旧日本軍「慰安婦」日韓合意 変わらなければならないのは日本社会である - 一般社団法人在日コリアン・マイノリティー人権研究センター

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旧日本軍「慰安婦」日韓合意 変わらなければならないのは日本社会である

【投稿日】2016年3月23日(水)

 昨年末(2015年12月28日)に突如、戦後補償をめぐって日韓関係の最大の懸案事項とされている旧日本軍「慰安婦」の問題で、日韓合意がなされた。2015年4月の日米首脳会談で安倍首相が旧日本軍「慰安婦」は「人身売買の犠牲者」であり、国としての法的責任はないとの姿勢を改めて示しめしていただけに衝撃的であった。日韓合意にかんする岸田外大臣の発言の要旨は次の通り。

 ①慰安婦問題は軍の関与を元に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、日本政府は責任を痛感している。
 ②安倍総理大臣は心からお詫びと反省の気持ちをお伝えする。
 ③日本政府の予算により全ての慰安婦の方の心の傷を癒やす措置を講じる。韓国政府が設立する財団に10億円規模の予算措置を行う。
 ④今回の発表により、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。
 ⑤日本政府、韓国政府は今後、国連等、国際社会においてこの問題について互いに非難・批判することを控える。

 韓国政府を支持する在日本大韓民国民団(民団)はただちに2016年1月6日、韓国の三大メディアに「在日同胞の訴え」とする意見広告を掲載した。

 ①外交交渉で一方的な勝利はありえず、最善の合意をなしえた本国政府の苦しい胸の内を理解し、これを支持する。
 ②被害者の立場として満足できるほどの水準でないとしても、日本政府の責任認定などの結果を出した。内部分裂で永遠に未解決で残すより大局的な見地から合意案を
  受け入れるように本国国民に訴える。
 ③日本政府は高齢の被害者が一日でも早く名誉と尊厳を回復し、過去の傷を少しでも治癒することができるように積極的に努力し、この悲惨な歴史を後の世代まで忘れ
  ないよう適切な措置を行うよう訴える。
 ④今回の合意でこれ以上両国関係が梗塞せず、未来志向的な関係に発展していくように期待する。

 一方、元慰安婦を支援する各団体は、今回の合意に対する共同の立場を発表した。

 ①日本政府及び日本軍によって組織的に行われた戦争犯罪という点が明確にされていないこと。
 ②安倍首相の謝罪が岸田外相による代読にとどまり、謝罪の対象も曖昧であるなど、心からの謝罪として受け入れられない。
 ③戦争犯罪に対する責任認定と賠償等の後続措置を行う義務を果たさず、財団の設立により韓国政府に義務を押しつけようとする意図が見られること。
 ④戦争犯罪に対する真相究明と歴史教育などの再発防止措置にまったく言及しなかったこと。
 ⑤これらの曖昧かつ不完全な合意を得るため、最終的かつ不可逆的な解決を確認し、歴史の象徴であり、公共の財産である大使館前の少女像問題の解決や国際社会で
  の相互非難の自制等、多くの譲歩をした屈辱的な外交であること。
 ⑥元慰安婦及び支援団体に事前に同意を求めることなく屈辱的合意をし、最終的解決を確認するのは明白な越権行為であること。

 以上の理由から「第2のアジア平和国民基金」にほかならない10億円を拠出し、韓国政府が設立する財団を拒否し、日本政府に公式的な謝罪、賠償、真相究明、歴史教育と追悼事業などを世界の人々と求めていくこと、自ら募金活動に取り組むとの決意表明を行った。さらに、2月4日には元慰安婦被害者お二人が来日し、今回の合意は間違いで、受け入れられないと批判した。

 元慰安婦被害者や支援団体がこのような態度を示すのは合意内容だけの問題ではない。1月14日に 自民党の桜田義孝元副文部科学相が慰安婦に関して「(1950年代に)売春防止法が施行されるまでは職業としての娼婦(しょうふ)だ。ビジネスだ。これを犠牲者のような宣伝工作に惑わされ過ぎている」と発言。2月16日には国連で「慰安婦の強制連行は捏造だ」と杉山晋輔外務審議官が発言した。日本社会全体も、日本がここまで譲歩しているのに、変わらなければならないのは被害者たちの方だと言わんばかりの雰囲気に覆われている。こういった状況が被害者たちや支援者の不信感を買っているのである。今回の合意がうわべだけの謝罪や賠償であることが見抜かれているのである。

 3月7日、女性差別の撤廃を目指す国連の委員会は、慰安婦問題に関する日韓両政府の合意について、実行に移す際には、元慰安婦の意見を十分考慮することなどを日本政府に勧告した。委員会は今回の日韓合意について「被害者の立場に立った取り組みが十分に盛り込まれていない」と指摘したうえで、日本政府に対し、合意内容を実行に移す際には、元慰安婦の意見を十分考慮するよう勧告している。さらに、政治家など指導的な立場にある人が慰安婦問題の責任を過小評価するような発言をやめることや、慰安婦問題を教科書で適切に取り上げることなども求めている。

 これにたいして政府関係者はいっせいに反発している。菅義偉官房長官は2月8日の記者会見で、「日韓合意を批判するなど、日本政府の説明内容を十分に踏まえておらず、極めて遺憾で受け入れられない」と述べた。長年、国連勧告を無視しておいて、独りよがりも甚だしい。『意に反して』『仕方なく』『やってあげた』今回の日韓合意の真相を国連に見透かされ、さぞかしプライドが傷つけられたということか。しかし、そんな上から目線のプライドなどあるから、元慰安婦被害者にも国連にも受け入れられなかったのである。

 しかし、それでも今回の日韓合意をよい方向にもっていくことはできないだろうか。承知の通り、元慰安婦被害者の方たちに残された時間はない。思い起こすのは1995年にはじめられた「アジア平和国民基金(アジア女性基金)」だ。民間から基金を集め、償い金と総理のお詫びの手紙を、元慰安婦被害者にお渡しする方式がとられたが、結局、国家賠償という形でなかったことなどから、受け取りを拒否する方が多く、失敗に終わってしまった。一方で、受け取った方にたいして支援団体が強く個人を非難するようなこともあった。運動のための運動には賛同できないが、元慰安婦被害者たちを、支援団体を分断したのは、やはり「アジア女性基金」であった。今度の日韓合意では、16人の元慰安婦被害者が賛同している。「アジア女性基金」の失敗は繰り返してはならないのである。

 ではどうすればいいのか。今回の国連勧告を真摯に受けとめ、元慰安婦被害者全員に受け取ってもらうために何をすべきか。そこでアクティブミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」が出した提言を推奨したい。
 ①日本政府は、「責任」を痛感していることを繰り返し表明する。
 ②謝罪は安倍総理大臣自ら、口頭または文書等の形式で、被害者に直接伝達する。
 ③どのような行為に責任を痛感し、「お詫びと反省」をしているのかを明らかにするため、女性たちを意に反して連行した事実を認めた「河野談話」を踏襲する意思を
  明確に示すとともに、慰安所設置の主体が日本軍であった事実、およびこれらの行為が人権侵害であったことを認める。
 ④韓国が設置する財団の事業に拠出するお金が「謝罪(またはお詫び)の証」であることを、拠出の際に日本政府は明確に示す。そして被害者と支援団体の意見を十分
  に聞いたうえで実施する。
 ⑤「平和の碑」は、武力紛争下の性暴力根絶や、被害者の名誉と尊厳の回復を求めるグローバルな市民の行動の表れであることを、日韓両政府は認識する。
 ⑥日本政府は、義務教育課程の教科書への記述を含む学校及び一般での教育を奨励する。また、歴史の事実や日本の責任を否定する公人の発言には、断固として反駁す
  る。

 いまの日本政府・日本社会にとってはハードルが高いかもしれないが、変わらなければならないのは、元慰安婦被害者たちではなく、日本政府・日本社会である。元慰安婦被害者たちに今回の合意を拒否させてはならない。(高敬一)